"THE BOURNE ULTIMATUM" FINAL SHOOTING SCRIPT

というわけで、暇だったのでユニバーサルがアカデミー賞用に公開している、「ボーン・アルティメイタム」の撮影台本を、つらつらと眺めてみた。

http://awards.universalpictures.com/pdf/bourne.pdf

映画というものは、もちろん完成してぼくらが観たものがすべてであって、画面に映り、語られていたその表面だけが映画なので、これは映画をより深く理解しようとかそういう類のものではないわけです。映画を観た後の、ちょっとしたお楽しみ、ということ。ついでに、戸田奈津子さんの字幕にも、ちょっと突っ込みを入れたりしますが、真面目に怒っているわけではないので、そこのところよろしく。

さて、これはFINAL SHOOTING SCRIPT、最終撮影用台本と書かれてはおりますが、もちろん撮影現場でいろいろと変更はあるし、編集でさらに変わってくるわけですから、結構完成した映画とは違う部分もあったりします。削除され、撮影されなかった部分も多数あり、そういうところはomittedと書いてあります。たとえばのっけ、モスクワでの場面があり、タイトルがどーんと出た後、映画ではラングレーの空撮になりますが、この脚本のカットナンバーを見ると、「6」というシーンナンバーがつけられた薬局の洗面所のシーンがもっとあったことが伺えたりします。

さて、

page7のお尻を見ると、パリでマリーの弟を訪ねた後に、ボーンが情報を求めてELLATRACHEなる人物に接触する場面があったりします。

I just provided them weapons. I don’t know who started--

という台詞からするに、この人物はトレッドストーンもしくはその工作員に武器を供給していた業者のようです。完成した映画ではガーディアン紙の記事を見てロスのことを知りますが、この台本ではこの武器屋がロスに関する情報をボーンに提供しています。そのあとのユーロスター内で新聞を読むボーンと被るので削除されたのでしょう。撮影されたかどうかまではわかりませんが。

page10、R18からの流れ(ロスの「ブラクブライアー」という単語をエシュロンが拾ってからの一連)を読むと、映画のテロップでは"deep-cover anti-terrorism bureau"、つまり「秘密対テロリズム支局」とあったヴォーセンの組織ですが、この台本ではCRIという名称で一貫しています。ブラックブライアーの本部建物のシーンは"CRI OFFICES"といった記述になっています。海外のサイトをぐぐってみると、"Controlled Resources International"の略称であるようです。なんとなく商社っぽい名前ですから、もしかしたら情報機関がよくやるような工作擬装用の民間会社という設定なのかもしれません。実際、企業のような受付が映画にもありましたし、CRIのロゴのようなものも画面には映っています。

page18、ワーテルローの例のシークエンスに突入するあたりでは、ヴォーセンと部下の(映画では外見がパメラの助手のクローニンと激しくかぶっていた(笑))ウィルズのあいだで、

VOSEN : (beat)Activate the asset.
WILLS : Sir, we haven’t yet become operational --
VOSEN : I said activate the asset. I want options.

というやりとりが、ボーンがロスのポケットに携帯を忍ばせ、その会話を盗聴できない、とヴォーセンの部下が苛立つあたりに挿入されています。このくだりは映画にはないやりとりで、部下がヴォーセンに反論しかけるという映画にはなかった要素が入っています。アセットを待機(activateなので、活動させろ、ということですが)させろ、というヴォーセンに、我々はまだ正式な作戦行動状態ではない、と部下が戸惑いを見せるのです。ちなみに映画では、ヴォーセンさんに言われないでも部下さんが自ら

Let's the activate the assets.

と指示を出しています。完成した映画ではこの辺の葛藤はなしにして、当然ブラックブライアー工作員を投入する、という感じになっており、そういう意味では部下が戸惑いを見せる台本段階のほうが、ヴォーセンの独走感がやや強い、と言えるかもしれません。さて、戸田さんの字幕はじつはここに「武器携帯を」という字幕をあてており、現場要員たちに武器を持たせる指示であるかのような感じになっています。明らかに"assets"つまり「資産」が何をさす単語であるかを誤解しています。後半に登場するassetsではちゃんとしている(ちゃんとしすぎて、台詞ではassetsと駒っぽく読んでいるにもかかわらず「パズ」「デッシュ」とそれぞれの名前に意訳されてしまってますが)ので、最初にassetsという単語が登場するここだけミスっているのです。訳しているうちに気がついてちゃんとしたけれど、遡って直し忘れたんですかね。もちろんスパイ小説・映画ファンは知っていると思いますが、assetつまり「資産」というのは、海外現地の動かせる駒(要員など)を指す諜報機関の隠語です。

page53,145cからの、ブラックブライアー計画についてヴォーセンのオフィスで問いただす場面では、

LANDY:You still don’t have the authority to kill him.
VOSEN:Oh, yes I do, Pam.


Vosen holds up the file we saw him pull out of his safe.It is labeled “Blackbriar: Lethal Action Protocol.”


VOSEN:That’s what makes us special. No red tape. No more getting badguys in our sights and then watching them escape while we wait for some bureaucrat to issue the order.


Landy opens up the file. Sees the words “instantaneous lethal action is authorized when...”


LANDY:You just decide? No oversight.No checks and balances.
VOSEN:Come on, Pam, you’ve seen the rawintel. You know how real the threat is. We can’t afford to have our hands tied like that anymore.

と映画とはかなり違うやり取りがなされています。パメラがあなたに殺しの権限はない、と言うと、ヴォーセンがブラックブライアーの「殺傷行動手順」という書類を見せるのです。こいつが我々を特別な存在にしているんだ、と。ヴォーセンの決定のみで?監察もなし?チェック&バランスもなし?とパメラは驚愕を口にするのです。映画ではヴォーセンがブラックブライアーについて説明し、その強大な権限にパメラは無言を以って懸念を示すという演出に変えられていますが、台本ではこのようにパメラが直接に疑念をヴォーセンにぶつけています。

で、一気に最後のほうまで飛ばさせてください。上記からダウンロードして自分で眺めれば、ほかにもいろいろ撮影にあたって変えられた場所があり、なかなか面白いです。

page94,306ですが、ここは字幕についてひとこと。

VOSEN (INTO PHONE):Bourne knows everything. I think he’s heading for you right now.
HIRSCH (INTO PHONE):He’s coming home, Noah.

「そっちにボーンが向かっています」と言われたハーシュ博士の台詞、字幕では「自分の生まれた所に?」と疑問系になっていましたが、見ての通りここは疑問系ではありません。博士はわかっていたのです。いずれボーンが自分が生まれた場所へと帰ってくることを。だからここは「(ボーンは)家に帰ってきたのだよ、ノア」というふうに余裕たっぷりに断言しているわけであって、ハーシュは決してヴォーセンに訊いているわけではないのです。博士のキャラに影響するだけに、ここはちょっと、と思いました。

字幕がらみで言うと、もう一点、page98のお尻ですが、

BOURNE:It was always you, behind Conklin, behind Abbott.... They were just following orders.

完成した映画では、behindから後ろが脚本の変更か編集かで消えてなくなっています。「コンクリンの後ろにも、アボットの背後にも・・・奴らは命令に従っていただけだったんだ」はばっさり削られて、冒頭の「いつもお前がいたんだ」だけが残ったのです。

ここは映画では、ボーンがハーシュ博士を壁にドンと押し付けながらの台詞なのですが、戸田さんはなぜかここで

こうしてやる!

という激しく謎な字幕をつけています。いや、ボーン、いくら怒っているといってもこうしてやる!はねえだろう(笑)。あなたどこののび太くんですか。もちつけ。しかしいったいどうして"It was always you"が「こうしてやる」になるんだろうか。不思議だ。ここは流石にDVDでは直して欲しいなあ。いや、笑えるんだけどね、でもそれ間違ってるから。

page102の頭、台本では「射殺の儀式」の最後にクレイマーCIA長官が登場しております。映画はもちろん洗脳場面にクレイマーは一切登場しません。

page103,352、暗殺者のパズが「なぜ俺を殺さなかった」の場面ですが、台本では、ここにヴォーセンは登場せず、

Bourne turns and runs off the roof.
Paz fires into the air...

なんとパズが銃を撃っています。"into the air..."というのが、わざと外して空に向けて撃ったのか、それとも狙ったけれど弾が外れて空(くう)を弾丸がきったのか、自分の乏しい英語力ではちょっとわかりません。to じゃなくて into だから、やっぱり当てようと思って撃ったけど外れた、ってことなんですかね。だとしたらここの場面のパズのキャラは台本からは大分意味合いが変わったことになります。いずれにせよ、ヴォーセンがわざわざやってきて飛び降りるボーンを撃つという描写は、台本段階にはなかったし、パズが自分で銃口を下ろす記述もありません。

最後に、page104,356、シーン設定は

INT. BAR -- URUGUAY -- SUNSET

となっています。映画ではどこの国のカフェに彼女がいるのかわかりせんでしたが、台本によるとウルグアイらしいです。やっぱ逃げるなら南米か〜。