変態者
金曜日に観に行ったのはシャブロル(「石の微笑」)。日曜日リドスコ(「プロヴァンスの贈り物」)。土曜日は?
トランスフォーマーに決まってるだろうが!
「マイケル・ベイが人類にとってはじめていい事をした」と評判のトランスフォーマーであるが、確かに。mixiレビュー見ていたら「映像はすごいけど人間ドラマはスカスカ」「ハリウッド大作らしく脚本の書き込みが甘い」
お前ら全員一生映画見なくていいよ!てか来てくれるな!特に人間ドラマ云々とオウムのように繰り返すオウム並みのおりこうさん!
訴えかける欲望の方向は「ガメラ2」や「3」ときわめて似通っている。つまり「怪獣が町中に + 大破壊 + リアル軍隊で応戦 = (゚Д゚)ウマー」という完璧なボンクラ方程式。大昔から変わらぬ「リアルなアレが観たい」。それ言うならハリウッドゴジラは?宇宙戦争は?断言するが、フェティシュの有無だ。エメリッヒはともかく、ミリオタと思われているスピではあるが、あのお方の軍趣味は少々クラシックな方向に行きがちで、RMAとかそういう小ざかしい軍の動向には興味がないように見える。「宇宙戦争」における丘の上の州軍とて、なんだかぜんぜん現代の軍隊の戦闘に見えてくれなかった。
一方、トランスフォーマーの戦闘描写には明らかにオタ趣味がのぞいている。味方と思われる緊急通信が入ると、まずプレデターグローバルホークUAVを飛ばし、AWACSを急行させて、現状を確認したうえで、A-10が地上を制圧し、ついでAC-130の脇腹が膨大な火力を地上に投射するわけだ。あまり段取りを省いていない(指揮系統の直通ぶりはアレだが)。通信がつながってから現場に一瞬で到着する即応ぶりは、いかにカタールといえどもアレな気がするけれど、いいんだよ!信じる心があれば航空支援は時空を飛び越えてやってくるんだよ!
オスプレイやラプターまで登場して、さしずめアメリカ軍の映画におけるパワープロジェクションと言っても差し支えない。イージスや空母が湾に乗りつけるのではなく、映画館のスクリーンに展開して、その遠方即応力を投射するわけだ。このようなティーン映画でそれをやるというのもずいぶんえげつない気もするが、最大効果域を狙ったという言い方もできると思う。たとえば、冒頭のペンタゴンに20代のNSAから軍人まで、ものすごい数の雑多だが有能そうなデサイファーたちが集められて暗号解読に借り出される場面などは、日本では到底成立し得ないシチュエーションだ。人的資源の豊富さと、その国家動員力の容易さを、この映画は図らずも我々に見せ付ける。いや図ってんのか。あれがリアルそのままじゃないにせよ。
それはともかく、この映画はそのような軍フェチ含む、欲望だけで成立しているような映画だ。非モテがボロ車買ったらロボットであこがれの女子もゲットできてラッキー。だらしない。まったく欲望にだらしない映画だ。スパイダーマンのような「ラッキー」以降の世界、つまり義務とか責任とか(増長とか、は3作めか)そういうものが描かれることもない。
陰謀マニアとしてはMIB存在が非常にツボだった。特に「THE FIRST SEVEN」の壁写真のばかばかしさ。ああいう架空の組織にこれまた架空の歴史性を無駄にパロディめかして付与するのが、ぼくはたまらなく好きなのだ。なんというか、激安ピンチョンみたいな。"FIRST SEVEN"の設定はもちろんMJ12パロディなんだが、その本部がフーバー・ダムの中にあるというのもまた絶妙な設定であると関心せざるを得ない。旧世代の最新テクノロジー、巨大科学の時代の残骸。なんだか理解に苦しむ人がそろそろ出てきているように思うが、つまり私が「ターミネーター3」のどこに一番感動したかというと、ラストのシェルターの冷戦ゴシックなたたずまいだったりするわけだ。冷戦もしくはもっと古い時代のテクノロジーが、アップデートされずだらだらと現役でまだゾンビのように生き残っている場所。あのフーバー・ダムの空虚な歴史性を、これまたMIBパロディのバカ架空組織に無駄な歴史性を与えるために機能させているところがたまらなく自分のツボなのだ。個人的にはあのMIB組織でスピンオフものが観たいと思ってしまったくらいだ。タトゥーロ続投で。
だから、なんというか、この映画は欲望においてのみしか肯定することができない。なぜならこの映画は欲望だけで出来ているからだ。好きだから好きなんだもん!これほどまでに白痴的な文章を書き連ねることになった自分の幼児性がつくづく恥ずかしい。正直すまんかった。後悔はビタ一してないけれど。
だから、欲望だけでしか肯定できず、欲望のみによって出来ているこの映画は、絶対に吹き替えで観るべきである。ぼくは泣いた。字幕では「ふうん、こんなものか」だった部分が(ええ、字幕と吹き替え両方見ましたとも初日にさ!)玄田哲章声で聴いたとたん涙腺が決壊する魔術。特にアレね、最後にコンボイ(じゃなくて、オプティマス・プライムですか)がメガトロンにかけた言葉。あれが萌え、じゃなくて燃え。あの台詞だけでおなか一杯。
いや、マイケル・ベイのレイアウトや編集についていろいろ書きたいことはあるんですが、そんなの割とどうでもよくなってまいりました。欲望がこの映画の間口のすべてなだけに、当然「誰の欲望だ?」というのが重要になってくるわけで、つまり大人向け子供向け別にしても、一見ブロックバスターのこの映画、実は意外と間口がかなり狭い気がするのは気のせいでしょうか。欲望にしか頼れないわけですから。というわけで、今夜はこの辺で。