血を吸う岸田森

K社Kさんと、新文芸坐の「脇役列伝〜脇役で輝いた名優たち〜」の岸田森を観に行く。

KさんはいまMGSBDのパッケージをやっているそう。先行して出たアメリカでは評判もいいとか。でも、アシュレイの画を切り抜くの、スタッフの人も大変だったろうなあ。

「血を吸う眼」はこじんまりした映画ですが、正直、これはなかなかの傑作であります。

ハマー・フィルムのドラキュラ、それもリー御大の正統なドラキュラを日本のどうしようもなくドメスティックな風景の中に移植する、というのはなかなか難易度が高く、一歩間違えればギャグであり、というか最初からもうギャグにしかならんと開き直っている映画も日本では多々ございますが、これはそこを照れずにしかも工夫をこらしてなんとか見せている映画でして、開巻の子供時代に吸血鬼を見てしまったという場面から、合成による赤みがかった空の雲がとても非日常的というか、フィクショナルな感じを醸し出しており、非常にいい感じです。

スウィートホーム」を引き合いに出すまでもなく、洋館、というのがそもそもギャグ要素であり、それをいま画面に映すには相当の覚悟がいるんですが、海辺の岩場から、洞窟を抜けると森が広がっている、というとことん現実から乖離した感じがすばらしく、とくに、海岸から洞窟を抜けた瞬間、ものすごくいい感じの薄暗さが唐突に広がっているのが、すごく巧い。その森の中に朽ちた洋館があるのですが、ここまでやらんと、何か起こりそうな洋館ってなかなか映し出すのはむつかしいよなあ。

別荘の鍵が壊れた戸が、風でバタンバタンいうのとか、シンプルではあるのですがすごく使い方がうまいので、正直ちょっと怖かったですよ。湖畔の別荘というのも、とことん山奥な割には、東京にすぐ出られる感じで描かれており、こうやって現実の場所であることを画面や物語から剥奪していく細かい技が、ドラキュラを日本でやる、という難易度の高い技を実現しているのだと思いますです。

まあ、勿論、岸田森あってのことではあるのですけどね。

ところが、「血を吸う薔薇」のほうは、小品ながらもいい感じに怖く怪奇っぽく上品ですらあった「〜眼」のほうとは違って、「一歩間違って」しまった感じが凄く、ギャグになっちゃっているのですね。八ヶ岳の寂れた場所にある、全寮制の女子大、という設定がまず凄いのですが、そういうわけで女子大なので、犠牲者のほとんどが女性。しかも意味なく(いや、俺等にしてみれば意味はあるんだけどさ)首筋でなく乳房に噛み付かれるので、おっぱいがたくさん出てくる。エロで攻めようとしたのでしょうが、そこに主人公を演じるのが黒沢年男、協力する校医が田中邦衛、というキャスティングが追い打ちをかけ(だって、田中邦衛が画面に出た瞬間笑いが起こってたんだぜ!)、ここにきて怪奇の香りや恐怖はどこへやら、映画は岸田森黒沢年男の格闘戦という、怪奇映画とは思えぬ即物的な暴力の次元に落とし込まれ、しかも吸血鬼であるはずの岸田と、たかが人間だがどうしようもなく男そのものという感じの黒沢が、わりかし対等に殴り合いどつき合っているので、映画が終わりを迎える頃には、自分は怪奇映画を見に来たのだという感想はどっかにすっとんでしまい、吸血鬼は人と殴り合う凡庸な物理的存在と化してしまいます。

ただ、別の女性と体を入れ替えるために、犠牲者の顔の皮を剥ぐところなどは、いい感じに血飛沫が飛んでいて良かったですが。でも、吸血鬼がドツキ合っちゃいかんよ。「うがあああ」とかがんばって唸ってはいますが、あれもどうかと。

ただ、やっぱりあの黒いコートと白いマフラーを来て違和感がないのは、岸田森だけなのだよな。

というわけで、それぞれ別の楽しみ方ができた2本立てでありました。