台風一過

 クリスマスの夜、俺は何をしていたか。ポテチを食っていた。一言で言えば、そうなる。というかそれ以上表現しようがない。ポテチを喰っていた。この単純な叙事的記述が祇園精舎の鐘の音のような虚しさを漂わせる日というのは、1年のあいだにもそうない。いや、あった。戦後、GHQのバレンタイン少佐(G2)が焼跡の子供達にチョコレートを配ってあげたのがはじまりと言われるバレンタインデーだ。彼は戦中はOSSで心理戦研究に携わり、対日宣伝工作では主要な役割を演じたと言われるがすべて俺の妄想であるというのが実情のようだ。去年のバレンタインデー、俺は何をしていたか。思いだした。俺は六本木ヒルズにいて、カポー向けオサレ映画として「イノセンス」を売り出そうとする鈴木敏夫の陰謀を打ち砕くべく、「イノセンス」前夜祭に参加して、オタクと幸せカポーとの実存を賭けた闘争に参加していたのだった。修羅の道である。とくにこのときは年末にふられた直後だったので酷かった。

 それはともかく、クリスマスの日、俺は何をしていたか。まず、「ULTRAMAN」を観にいってビデオ撮りだったのにショックを受けていた。子供連れの家族とショッパいオタクの2種類の人間だけが劇場にいた。カポーはウルトラマンなど見ない。カポーは素直にハウルを見たり、「マスター・アンド・コマンダー」もかくやという詐欺宣伝に騙されて「マイ・ボディガード」を観にいって、肛門ににC4を押し込められ爆砕するオッサンのケツを見せられてびっくりしていたりするはずだ。わたしはヒゲのオッサンのケツを見に映画館にきているわけじゃないわ、などと女がタワゴトを言って気まずくなっていればしめたものだが、困ったことにこれはいい映画なので普通に感動されて帰っていくだろう。トニーがいい仕事をしてくれて私はたいへんうれしいのだが、この日に限ってはカポーの気分をブチコワシにするエゲツない映画を作ってくれていたら、と思わずにはいられなかった。

 オッケー、そして俺は本屋に行く。映画館→本屋という彼女がいないオタクの黄金コースだ。ここで俺はレムコレクションの新刊「高い城・文学評論」と「スターリン外人部隊」を買う。よくよく読めば「スターリン外人部隊」という題名は大きく間違っている。だって、外人部隊、というよりはポーランドとかの軍隊の話なんだもん。

 その次はヴィレッジバンガードに行く。確かにこの店はサブカルを扱っているが、なにぶん「イケてる」サブカルの店なので、予想通りカポーに満ち満ち溢れている。俺のようなデブオタが入っていくには逆ATフィールドが強すぎる。「あなたはどこにいますか?」と言われても実存的疑問などとうてい持ちえなさそうな幸せな人間がいっぱいでいっぱいで、俺は思わず存在しない鳥取の実家に帰ってしまいたい気分でいっぱいになったけれど、我慢して初期の目的を果たす。

 目的は何かというと、オリーブオイル・ポテトチップの入手である。

 なぜ俺がただのオタでなくデブオタかというと、おおむねポテチが元凶だ。俺は酒も煙草もやらない人間である。ジュースも飲まない。ウーロン茶か生茶だけだ。それでは健康かと言うとさにあらず。俺は想像を絶する脂肪肝に蝕まれている。なぜかというと、俺はポテチを大量に喰うからだ。コンソメは喰わない。コイケヤのり塩、それだけをひらすら喰う。どれぐらい喰うかと言うとビッグバッグ一袋を一回でたいらげる。我ながら異常である。彼女ができないわけだ。ポテチには発ガン性がある、とニュースで流れたとき。俺の母親はあんたがガンになったのは間違いなくポテトチップのせいだ、頼むからやめてくれ、と懇願されたのを思い出す。

 いわば自作自演のスーパーサイズ・ミー。なのだが、そんなことはどうでもよくて、職場で「信じられないほど旨い」というこのポテチの話を聞き、ポテトチップ・ジャンキーである俺は矢も盾もたまらずこれを買うためにビレッジ・バンガードに向かったのだった。

http://www.tkamiya.net/junk/archives/000608.html

そうしてオサレサブカルショップを突破して(バンガードか一部のドンキでしか買えないらしい、いまのところ)、俺はこれを入手した。一袋430円。もはやポテチとは思えぬ値段ではあるが、おれはこれを3袋所望して帰還した。竹内まりあが「クリスマスは誰にでもやってくる」と唄う。そうか。俺は知らん。俺はポテチを喰う。

 高い。けど旨い。分厚い。