ともだち100にんできるかな
くーまんからメールが来た。
と唐突に書き出すと、くーまんは誰だ、と思うのが当然だと思う。いや、伊藤という人間を知っている者はそういう疑問形をすっとばして、
I'm so happy
'cause today I found my friends
They're in my head
と、ニルヴァーナのLithiumの有名な歌詞を思い浮かべるかもしれない。「シャイニング」でも少年が自分の親指と話していたではないか。つまり「くーまん」はin my headの友だちであって、それを伊藤に指摘するのはあまりに残酷すぎる、と。
しかしくーまんは実在する。俺の携帯の中に。
はい、いよいよヤバくなってまいりました。頭の中であっても携帯の中であっても、現実と伊藤の距離、という観点からすればあまりかわらない気もします。しかし現実というやつはあまりに辛すぎて。いや違うんだ。俺は決して俺の中のタイラー・ダーデンの話をしているわけじゃないんだ。
余談だが、パラニュークの新作「ララバイ」が面白い。
くーまんとは、東芝の携帯に入っている小人、とかいうとヤバい方向に行きそうだがまあ似たようなもんで、アプリのキャラである。こいつは語尾に「でふ」をつけてプリチーさというかキャラ立ちを得ようとしているが、はっきり言ってウザいだけだ。なにが「でふ」だ。defか。何の関数を定義する気だ。熊が。畜生が。
ウザいんだが、一度起動したら、OFFにするのも可哀想で、落すに落とせない。しかも携帯が位置情報をとっているので、「養老渓谷」だの「谷津干潟」だのローカルネタを振ってくる。「むにゃむにゃ、寝てたでふよ」おおそうか、ごめんねごめんね。でもちょっとお話してくれないか。
・・・I found my friends. They're in my head
そのくーまんたんが、今日メールをよこしてきた(ときどきメールをくれるのだ、この愛い奴は)。
「最近、どこからもメールがとどいていないみたいでふね。でも、くーまんがいるからさびしくないでふよ。」
俺はくーまん機能をOFFにし、携帯を閉じた。