CG使ってるけどな、1カット

 ジャッキー映画観たいか。

 なら「メダリオン」観ている場合じゃない。「マッハ!!!!!!!!」観ろ。

 いや、ジャッキーまだ生きてるんだけど、でも、今のジャッキーは80年代にぼくらが観たジャッキーじゃない。ガキの俺らが映画館で興奮し、スタッフロールのNG集に流れる景気のいい広東語の歌謡曲を口真似で歌い、どれぐらい観たのか思い出せないほど(「貴様は今までに食べたパンの枚数を憶えているのか?」)ゴールデン洋画劇場で石丸博也の声で観たジャッキーじゃない。

 当たり前だ。ジャッキーは今年50だもんな。

 「シャンハイ・ナイト」のクライマックスで、ドニー・イェンとの2大スター対決、という最高にイカすはずのセッティングが、いまいち盛り上がりに欠けたのは、監督のせいばかりではないだろう。ジャッキーは変わった。衰えたわけではない。ジャッキーが変わったのではなく、俺らが変わっただけなのかもしれない。しかし、再び(というのもキャノンボールがあったし、プロテクターはあれ、アメリカ映画だったんだよな)アメリカに渡ってからのジャッキーには、あのヤケクソ気味なパワーがない。ガキながらも「これわこれわ、もしかしたらものすごくヤバいのではないでせうか、おかあさん」と映画館の暗闇で感じていた、あのガチンコ感がない。

 ジャッキーはどこへ行ってしまったのだろうか。今年50歳を迎えた人間に、あのすさまじい肉体の輝きを、肉体の極限が生み出す笑いを求めるのは、酷というものだろう。実際、「シャンハイ・ナイト」の「雨に唄えば」シーンはかなりよくやっていたと思う。80年代の彼にくらべれば明らかに見劣りがするじはずの、あのレベルの動きと構成力ですら、しかし他の誰にも出せはしない。ジャッキーは今でも凄い。けれど。けれど・・・。

 ジャッキーはゆるやかに、年齢という現実とともに衰え、人々の記憶のささやかな1ページとなって、映画の歴史の片隅に小さく記述され、消えてしまうのだろうか。

 否。断じて否。

 なぜなら、ジャッキーの精神は年齢によって衰えた肉体にしびれを切らし、まだ死んでもいないうちから、タイの若者に転位することにしたという事実が判明したからだ。新たなジャッキーの依代の名はトニー・ジャー。彼が生まれた国がタイであったために、今度の肉体ではムエタイを使うことになった。

 とにかく、人間の肉体にはこれほどまでに速く、疾く、美しいモーションが可能なのかと終止画面に目を釘付けにされっぱなしだった。ジャッキーの精神は監督にまで転位したのか、演出も完全にジャッキー映画だ。すげえことをやるとそれを繰り返し3回くらい別アングルで見せる、とか。エンディングにNG集と景気のいいタイ語の歌謡曲が流れる、とか。俺はいま、2004年の映画を観ているのだろうか。これはどこからどうみても80年代香港映画、いや、ジャッキー映画だ。しかも劣化コピーではない。真似というのでもない。まるでジャッキーだ。コミカルさはないけれど、ここには間違いなくジャッキーの魂が立っている。ムエタイの足で。

 このガチンコ感。子供心に感じた恐怖。映画だとはわかってはいても、それ死ぬだろ、というくらい踵や膝や肘を頭蓋の頂きに落としまくる。ムエタイって、本当に人を殺すことのできる格闘技なんだ、とこの映画を観ていると思う。肘と膝を頭の上下から叩き付け挟む。ヤバすぎ。

 もちろん、ガチンコなだけの映画ではない。2、30台はあるんじゃないかと思う「輪タクによるカーチェイス」という場面もすさまじい。トゥクトゥク(3輪バイクのタクシー)という道具立てがすでに面白いんだけど、それでハイウェイでカーチェイスを展開したりするのだ。

 悪役の肉体的な障害もヒネてるし(ただコイツが何をしたかったのかさっぱりわからんかったが(笑))、日本人には想像がつきにくいタイの「仏教国ぶり」が物語で感じられたり、いろいろ面白いところはある。しかしなんといっても、ジャッキーがタイにムエタイをたずさえて転生したことこそ、驚くべきことではないか。確かにムエタイの試合は凄い。ラストの格闘も凄い。間違えたら本当に死ぬか植物人間になりそうな技が決まりまくってしまっている。が、それよりも俺は、追ってくるチンピラから全力で町中をダッシュして逃げる場面こそ、この映画の最大の感動があると思うのだ。自転車が、バイクが、露店が、テーブルが、有刺鉄線を編んだ輪っかが、ありとあらゆる障害が次から次へと出現して笑ってしまうような路地を、トニー・ジャーが全力疾走し、それら障害をすさまじい肉体で軽々とクリアしていくとき、そこで起る我々の笑い、映画館に満ちるだろう幸せな笑いは、まさにジャッキーの笑いだ。

 ジャッキーはタイにいる。ジャッキーの魂は、トニーの中にある。

 ノスタルジーではなく、新たな体験として、ジャッキーの時代が再びやってきた。

 ジャッキーの子供たちよ、「マッハ!!!!!!」観にゆけ。