社会主義には猟奇殺人は存在しない故

チャイルド44 上巻 (新潮文庫)

チャイルド44 上巻 (新潮文庫)

大分前にリドスコが映画化権を獲得したという情報で知っていたこの本。そのときは「スターリン時代のソ連を舞台にしたミステリとしか聞いておらず、でもリドスコ異世界と制服撮らせたら現在の所世界一なので、ほんとうにリドスコが監督したらすごいものになるだろうなあ、でも実際に映画になる確率は低いけど、などと思っていたのだった。だって、その時点でリドスコが「次に監督する」と言われていたのは「トリポリ」「アメリカン・ギャングスター」「ボディ・オブ・ライズ」「ノッティンガム」と山積み状態。リドスコのプロダクションであるスコット・フリーっていうのは、とにかく企画になりそうなネタを片っ端から買いあさって、でも結局映画にしない、ということが多いのだ(「トリスタンとイゾルデ」だって最初はリドスコがやるって言われてたんだし)。

で、今日、翻訳が出ているという情報を聞いて、早速新潮文庫の海外棚を探したら、あった。

あ、これってチカチーロ事件を元ネタにしたフィクションなのね、とそのときはじめて知った次第。

チカチーロ事件自体は有名で、すでに地味ながら佳作の映画化もされている(「ロシア52人虐殺犯/チカチーロ」)。だからネタとしての鮮度は低いのだけれども、この話はより社会主義体制の不条理感を増幅させるためにチカチーロ事件をあくまでモデルに留め、スターリン時代を舞台にしたフィクションに仕上げている(らしい)。チカチーロはスターリンよりもっとあとの話だもんね。

このお話の見所は前述したように「社会主義には猟奇殺人のような資本主義的犯罪は存在しない」という不条理きわまりないイデオロギーのために、体制の壁にぶちあたる主人公。ソ連官僚不条理劇場が萌えな人は「チャイルド44」を読むとよいよ。

ついでにいうと、九月から展開される早川文庫の復刊フェアで、「ゴーリキー・パーク」も表紙が新しくなって(見せてもらったら、内容ずばりの黒テンの毛皮の写真だった)復刊されるらしい。この秋にはソ連ものミステリが二点読めるわけですな。