日本製娯楽戦争映画のはなし

 千葉から大きく半円を描くようにして武蔵野線で東京を迂回し、片道1.5時間かけて埼玉は志木まで行ってまいりました。

 お目当ては「太平洋奇跡の作戦 キスカ」と「潜水艦イ57降伏せず」の上映でごんす。

 この志木のららぽーと、閉店だそうで今月末でこのららぽーとの映画館もなくなるもよう。館内は確かに寂しい感じでした。船橋ららぽーとは実質的に核テナントを持たない世界的も珍しいショッピングモールとして成功しておりますが、こちらは船橋ららぽーとのような雑多さはなく、ふつうのデパートみたいに見えました。

 私は黒い無地の服を好みますので、こういう特集上映に黒づくめの服で行くと、なんだかアルティメートにライトウィングな人に見えないかどうかそわそわしてしまいます。自分はたぶん定見を持たないノンポリか、あるいはやや心情左翼くらいが自分の性格だと考えていたのですが、例のポリティカルコンパスをやってみたら保守左派だと言われました。政治的には保守で経済的には左派なんだそうです。ただ、保守・リベラル度 0.21、(経済的な)右・左度 -1.14(俺は産業政策をぜんぜん信用していないからなあ)、つまりグラフを観るとほぼ中央。やっぱり私は限り無くノンポリだというのが正直なところでしょうか。

 というわけでビデオでは何回も観ている「キスカ」ですが、スクリーンで観ると面白さもひとしお。いやー、日本映画もこういう戦争映画を作れた時代があったんだなあ、という感動に包まれ、ラストの三船の顔にはちょっとうるっときてしまいましたよ。まあ、この映画の難点は、大村少将を演じているのがドスの効いた声で貫禄たっぷりに演じまくる三船であるために、ぜんぜん「南方では大した戦果もあげられていない腰抜け」という評判のキャラに見えてくれないところですな。最初っから漢モード全開じゃん。

 こういうのを観ると、「作戦映画」としてのローレライ、の可能性と言うのもあったんじゃないか、と思うのです。樋口さんは自分で言っていたように、「ガメラ2」では明確に「作戦映画」を目指していたわけですし。

 特撮は例によって円谷さんなのですが、ときどき「これ凄すぎねえか?」というカットが出てきて、特撮でド肝抜かれることもしばしば。とくに阿武隈が国後と衝突(しそうになるところをぎりぎり舵を切って接触)する場面の、デッキの上の映像が凄すぎる。船体側面を擦りつけあいながら擦れちがう2杯を、船員のいる甲板上から捉えたカットなんか、この映画以外で観たことがないです。他にも、岸壁の上で吠える犬を背後からなめて霧にけぶる湾内に入ってくる軍艦のブリッジが通り過ぎて行く絵など、レイアウト的にも失禁ものの地味ながらカッチョいい絵が随所にあります。

 実話、ではありますが、実際はどうだったかはともかく、あの日本人にとっていろいろ複雑なものを抱えている戦争を題材にして、ここまで気持ちのいい後味の娯楽映画ができるんだ、ということにやはり感動を憶えます。ファンタジーだ、「逆シャア」だ、といろいろな言葉で政治的な文脈から逃れようとしている「ローレライ」ですらもいろいろ生臭いものを抱え込んでしまっていることを考えるに、この「キスカ」の後味の清々しさは、映画のタイトルではありませんが「奇跡」です。「救出作戦」という題材を選んだ時点であるていどこの映画は勝っていたのでしょうかね。


そして「潜水艦イ57降伏せず」ですが、笑ってしまうのは平田昭彦がさっき観たばかりの「キスカ」に続いてまた軍医長の役で出演していたこと。また軍医かい。

 秘密作戦、終戦真際(この映画は広島投下前日に終わる)、外国人の少女(っても20だけど)が乗る、とまあ某映画っぽい要素がいっぱいなこの映画。フィルムの状態はさすがにかなりツラかった。ですが、やはりあの映画では果たせなかった「実物大を海に浮かべて撮影」がこの時代はできていたんだなあ、というのがやはり感動。甲板に艦長が独り立っているカットが数回ありますが、これがすごくかっこいい。画面中央からやや右に消失点を置いた甲板のパースと、水平線の広がりが相乗効果を上げて、海、という感じを出してくれています。あの映画にはどうしても「箱庭」感が強くつきまとっていて、甲板のシーンはツラかったですから。

 平田さんに続いて、藤田進もこの映画に出演。「キスカ」のキスカ島指令では髭をはやしていましたが、この映画はつるっとしています。役も終戦工作に独走するある種の理想主義者なので、台詞も多い多い。「キスカ」では苦悩の色を深く沈澱させた無表情が印象的でしたから、ひるがえってこの「降伏せず」の役がえらく軽薄に見えてしまいました。再放送ウルトラセブンファン世代の私にとって、藤田さんといえば地球防衛軍のヤマオカ長官なわけですが。

ローレライ」では艦内構造がさっぱりわかりませんでしたが、この映画、ブリッジがどこにあってどことどう繋がっていて、というのがばっちりわかります。いちばん感動したのが水密扉を閉鎖するシーン。カメラを低位置において縦長の潜水艦をハッチごしに奥までスコーンと捉えたFIXカット。いや、本当に縦長のセットが奥まで「抜けて」映ってるんですよこれが。どのくらい長いと言うと、奥からゴンゴンゴン、とワンカット気持ちよく3枚以上はハッチを閉鎖するのですから、少なくとも4区画以上は繋がった状態の、ストレートなセットが組まれているわけです。いや、やっぱこういう映像見ると感動するな〜。

 余談ですが、米駆逐艦爆雷を打ち出す場面や、急速潜行で水没する甲板を甲板上の低いカメラで捉えたフッテージは、「キスカ」も「イ57」もまったく同じものが使われていました。米軍の記録映像でしょうかね。まるでアニメのバンクシーンみたいです。

 というわけで在りし日の日本製「娯楽」戦争映画の力を存分に堪能できる2本立てでありました。ちょっと遠かったけどね。