で、なぜわたしが病院にいるかというと

隠すのもいろいろと面倒くさくなってきたので書いてしまうと、最近はてなの更新が薄味なのは(自覚しております)、私が現在、例の病気の再々発と五月あたりから戦っているからなのである。会社を一年休むと決めて、日常のほとんどを病棟のベッド周辺二メートルで過ごしているわけです。転移は頭から足まで六カ所ほどあり、抗癌剤で抑制しつつ放射線を連日浴びせるという生活が続いています。六カ所転移というと結構びびりますが、医者が楽天的なので、まあ、希望を持っていいのでしょう。

ときおり(四週に一週くらい)は外に出ることができるのですが、その間に見られる映画をどがっと見ているわけで、そういうやり方をするとここに感想を書く気も萎えてしまい、なので最近映画評が少ないわけです。最後に見たのは「落下の王国」「アイアンマン」「敵こそ、我が友」あたり。

これ何が辛いって抗癌剤の副作用とか吐き気とかじゃなくて、小説を書くのに障害が出ること。入院前は「時間だけはたっぷりあるし、量産できるかな」と思っていたら大間違い。資料だけあっても、小説というのは書けないんですね。自分の書物に埋め尽くされた部屋で、好きなときに好きな本を本棚や床の上から引っ張ってこられるような環境じゃないと何も浮かばない。まっしろ。取りあえず次の作品はめでたく最終チェックに辿り着きましたが、それもほとんどは五月に病状が発覚する前におおかた仕上げていたから可能だったのであって、いくら時間があっても病院ではエッセイとかならともかく小説は一文も進まない。

なので、社会人としても、新人物書きとしても、ブログ書きとしても一日も早く自分の部屋に戻って安心したいものです。

ファン=メーヘレンと時代



病院にいると、テレビの他に見るモノもないのでだらだらとVAIOワンセグを眺めていたら、「フェルメールの暗号」というフェルメール展合せの番組がTBSでやっていて、内容はまあ、ナチとかファン・メーヘレンの贋作とかそういうネタで持たせていたのだれど、そこでふと思い立ってファン・メーヘレンの描いた「フェルメール」ってどんなもんだったのかぐぐってみてちょっと驚いたのは、

パチモン感ばっちり

ということで、何で当時の人々がこれに騙されたのかがよくわからない。知ってて見てるからそう見えるだけじゃねーかと思う人は洋Googleでhan van meegerenをイメージ検索してみるといい。それはどうあがいても「フェルメールにほどよく似た別の何か」にしか見えないはずだ(って、誰かが同じことを書いていた気がするんだが思い出せん)。

これは要するに、フェルメールフェルメールっぽさ、というコードがあって、それは時代ごとに異なるのではないか、ということだ。我々の審美眼も我々の時代から逃れることは当然不可能だ。あの時代、人々がフェルメールだと思ったコードから、我々は解放され、恐らく別の「フェルメールっぽさ」のコードに囚われているのだろう。

「強い物語。」

http://www.hayakawa-online.co.jp/news/detail_news.php?news_id=00000189

といわけで、早川文庫の100冊」から小島さんが何冊かセレクトしておすすめの様子。元々早川のラインナップが王道なためでもあるのですが、われわれ古株の小島ファン(もう20年選手だからねえ)には馴染み深い本ばかり。

http://www.kjp.konami.jp/gs/hideoblog/2008/10/000300.html

とはいえ、表紙が派手に替わったのもいくつかあり、特に驚きはアンドロ羊。
クラシックな風格というか普遍性があって、これならあの「NEXUS 4」を聴いて「注ぐ雨は acid rain」で「迷える僕等は夢見てる electric sheep」な歌詞の意味が分からないラルクファンの女子に、「これが元ネタだって、知ってる」などとおすすめしやすいんじゃないでしょうか(どういう下心だ)。

「ダークナイト」のアニメ並みに制御された画面構築力について


諸事情あって、画像がえらく汚くてすんません。

さて、


Q:上の画像は「ダークナイト」の一場面です。それはどこでしょうか。
A:ゴッサム地方検事ハーベイ・デントのオフィスにいるゴードン警部です。


そうですね、で、問題は背景です。背景をよ〜く見てください。何が見えますか。ゴードンさんの後に、何が見えますか。そうです、ファイルキャビネットか本棚か、とにかく本か捜査資料のようなものが書架に並べてあります。この書架が問題なのです。汚い画像でわかりにくいかも知れませんが、センターやや右よりな手前のゴードンを境にしているんですが、わかりますか。


左半分が整頓され、右半分が乱雑になっているのが。
後々、トゥーフェイスに変貌する人間のオフィスで。


いやこれびっくり。これ見たときいの一番に思い出したのが押井守の名著「METHOD」。「パトレイバー2」のレイアウト(画面設計)集なんですが、その中で押井さんはレイアウトをコントロールする事で、ぱっと見ただけでは判らない映画のサブテクストを仕掛けているのですが、それは絵によって画面を設計する工程としてのレイアウトという段階があるから可能なのであって、まさか実写映画でこういうことをやられるとは思ってもみなかった。

実写でいくらプレビズが流行っているからってここまではできない。ノーランがいかに理詰めで映画を「設計」しているかという典型のような画像。たぶんここ以外にもこういうサブテクストはいっぱい仕掛けてあるはず。

というわけでもう一回くらい観にいったほうがいいのかなあ。でもシネパトスしかやってないんだよな、昼間は。シネパトスか……まあ通い慣れてはいるけれど。

スチームじゃない

昨日の日記にリンクしてくれたid:win-sch:20081019:1224403158を読んだり、wiki「スチームパンク」の項目を読んだり、復刊された「ディファレンス・エンジン」上巻のオビに書かれた「スチームパンクを生み出した」という記述を読んでいて、どうやら世間では何か重要なことが間違っているらしい、と気がついたのですが、それは何かというと、


ディファレンス・エンジン」はスチームパンクじゃありません。


え?だって蒸気コンピュータの話でしょ?なのになんでスチームパンクじゃないの?スチームパンクじゃなきゃ何なのさ、と思う方がいらっしゃるかも知れません。まあどうでもいいっちゃ心底どうでもいい話なのは自分でも認めますが、それでも一応書いておくと、


ディファレンス・エンジン」はサイバーパンクです。


そもそも、スチームパンクという語はどうして生まれたか。これは在る本の後書きにしっかり書いてありますので確かです。考えたのはK・W・ジーター、ジェイムズ・P・ブレイロック、ティム・パワーズという3人のSF作家です。ジーターと言えばあの肢体切断娼婦やら変態さん大集合のどん底小説「ドクター・アダー」を書いた人ですね。個人的にこの人の最高傑作は「グラス・ハンマー」という作品なのですがまあいいでしょう。とにかくですね、そのひと達がヴィクトリア朝、もしくは19世紀を舞台にした小説を書きました。それぞれ「悪魔の機械」「ホムンクルス」「アヌビスの門」です。この人達は仲良しで(SF作家ってのはつるみやすい人たちなのです)、あるときぐだぐだ話していたら、「世間ではサイバーパンクってのが流行ってるらしーな。それなら十九世紀を舞台にした俺らはさしずめスチームパンクだな、がはは」と冗談を言ったわけです。これが「スチームパンク」なる語のはじまりであり、これは「ディファレンス・エンジン」が書かれるより前です。

つまり最初は冗談で付けられた名前だったわけです。向こうがサイバーならこっちはスチームだ、と。つまり「スチームパンクを生み出した」作品となると、この三人が書いた「悪魔の機械」「ホムンクルス」「アヌビスの門」になるわけです。自分で作ったものに自分でスチームパンクというレッテルを作って貼ったのです。

で、スチームパンクはそう大きな広がりをみせるわけでもなく、別名として「マッド・ヴィクトリアン・ファンタジイ」とも呼ばれたりしていました。そんな中で「サイバーパンクの教祖」ギブスンと「サイバーパンクの書記長」スターリングが合作したのが「ディファレンス・エンジン」なわけで、当然その作品はスチームパンクを横目で見ながら書かれたでしょう。

つまり、サイバーパンク作家が書いたので「ディファレンス・エンジン」はサイバーパンクなのです。

では納得しない人もいるでしょう。サイバーパンク作家が書いたからってスチームパンクじゃないのか、と。しかし、作品を読めば判りますが、「ディファレンス・エンジン」は批評的に明らかにサイバーパンクの系譜に属します。スチームではなくサイバーパンクの代表的作品と言ってもよろしい。それは、スチームパンクが通常関心を寄せないテクノロジーの領域について、明確な批評的視点を以て描かれた小説だからです。

スチームパンク」という語が「マッド・ヴィクトリアン・ファンタジイ」とも呼ばれた、と書いたとおり、スチームパンクそれ自体はファンタジイの領域に接近しています。あとなぜか冒険活劇や蒸気機械へのノスタルジーを伴うところも特徴です。しかし、「ディファレンス・エンジン」における異常発達した蒸気テクノロジーは冒険活劇やノスタルジーに貢献していません。なぜなら、「ディファレンス・エンジン」とは蒸気コンピュータが発達した世界を設定することで、情報化されたヴィクトリア朝を描き出し、サイバーパンク的な視点から産業革命の意味を問い直す作品だからです。このことはスターリング自身が明言しています。

実際、ディファレンス・エンジンに登場する蒸気ガジェットを見てみましょう。蒸気映像(キノトロープ)、蒸気クレジットカード、蒸気ワープロ、そして蒸気コンピュータ。他にもロンドンがビラで覆われていく様を描いたり、蒸気コンピュータによる数値シミュレーションが描かれたり、「ディファレンス・エンジン」は情報革命を経た我々の世界を、産業革命の時代に置き換えて読み直す、という描写が大半を占めています。メディアというものへの関心、コンピュータへの関心、これらは明確にSFとしてのサイバーパンクが取り扱う主題です。さらにサイバーパンクらしくポップサイエンスへの興味も盛り込まれていて、当時注目され始めたカオス理論や恐竜温血説も取りこんでいます。最新科学に対する興味、これも「ある意味で後ろ向きな」スチームパンクにはないものです。

基本的に、「ディファレンス・エンジン」はその根底において現代科学への関心によって成り立っているのです。これが「ディファレンス・エンジン」がスチームパンクではない理由です。多くの「スチームパンク」作品は「冒険活劇」という言葉に代表されるように「古き良き時代」へのノスタルジー、昔のああいう機械っていいよね、の延長線でしかありません。ポップなサイエンスへの関心によって支えられているサイバーパンクとは真逆のものです。そして、ディファレンス・エンジンがどっちを向いているかと言えばもう書くまでもないでしょう。

冗談として生まれた「スチームパンク」という語にスターリングらが刺激されたのは確かでしょう。言うなれば、「ディファレンス・エンジン」はスチームパンクという冗談に対するサイバーパンク側の解答なわけで、スチームパンクそのものではありません(ここらへんがややこしいところなのですが)。ましてスチームパンクの元祖ではありませんし、スチームパンクの代表作でもありません。

だから、「ディファレンス・エンジン」をリスペクトするなら当然、最先端のサイエンスに対する関心や、産業革命と情報化の関係性などを盛り込むべきなのですが・・・。

以上、「蒸気機械が出てくるからといってもスチームパンクとは限らないよ」というお話でした。

ちなみにスターリングには「ミラーグラスのモーツァルト」という歴史改変ものがあり、どっちかっていうとそっちのほうがスチームパンクっぽいですね。

キャラは戴くが歴史は要りません

早川文庫の復刊フェアですが、レム、ティプトリーに次いでディファレンス・エンジンは売れているらしい、と教えてもらう。あんな読みにくい小説がどうして、と思って(まちがっても円城氏とわたしの意味不明な解説のおかげではない)、「ディファレンス・エンジン」まわりをいろいろと調べたらどうやら、こういうエロゲーが出るらしい。

漆黒のシャルノス
http://www.nicovideo.jp/watch/sm4786334

ニコニコ市場に「ディファレンス〜」がロックされていますな。
「予習」に「ディファレンス〜」や「ドラキュラ紀元」をエロゲユーザが買っているのだとか。

公式サイト:
http://www.liar.co.jp/sharnothtop.html

篆刻写真」とか「碩学」とかいう「ディファレンス」で今は亡き黒丸氏の翻訳した単語はもちろん、政府の機関として「ディオゲネス・クラブ」とかあったりして、ああ、「ドラキュラ紀元」も好きなのね、というのもわかる。
けれど、「ディファレンス〜」や「ドラキュラ紀元」と違うところは、様々な史実がどうねじまげられ、ずれたか、というオルタナティブ・ヒストリー的な楽しみはなさそう、ということ。実際の歴史がそのままであれ変形した形であれ物語に絡んでくるようには見えない。

一見「ディファレンス〜」や「ドラキュラ紀元」っぽいけど、ホームズなど過去にあったフィクションのキャラが出てくるだけで、世界設定は史実の歴史の影はみられない、ほとんどオリジナルみたい(そう言う意味では「サクラ大戦」に近いのかもね)。歴史改変もの、よりはファンタジーに近い。「ドラキュラ紀元」が切り裂きジャックを中心とした物語だったり、「ジャバウォッキー」や「ディファレンス〜」が膨大な史実を少しずつずらしたような手付きはない。単にホームズやモラン大佐が出ている「だけ」。

この「キャラだけいじって歴史は手を付けない(オリジナルにしてしまう)」ってあたりがいかにもエロゲーっぽいところ、あるいは同人っぽいところなのかもしれませんね。ホームズとかそういうキャラをいじることには関心があるけれど、歴史をいじることには興味がない、ってあたりが。この辺はつっこんで世代論やゼロ年代論にするといろいろなものが見えてきて面白いのだけれど、ドツボなのは目に見えているのでやめておく。

俺情報

新作の題名は「ハーモニー」になりました。早川Jコレクションから12月発売です。

自分で言うのも何ですが、ちょっとだけ百合っぽいです。

あと、宮部みゆきさんに推薦オビを戴きました(ありがとうござりまする)「虐殺」の増刷が十一月にかかります。